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大阪地方裁判所 平成7年(行ウ)16号 判決

浦和市常盤町二丁目七七番地

原告

宗教法人大観心道

右代表者代表役員

太田法龍

右訴訟代理人弁護士

竹田実

祖谷謙一

右竹田実訴訟復代理人弁護士

阿部篤

大阪市平野区平野西二丁目二番二号

被告

東住吉税務署長 龍神仁資

右指定代理人

中牟田博章

足立英幸

小冨士晋一

檜原一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成五年四月一五日付で原告の平成元年九月分及び平成三年一月から六月までの分の給与所得の源泉所得税についてなした納税告知及び重加算税の賦課決定の各処分のうち、国税不服審判所長が平成六年一二月六日付裁決書によりなした一部取消部分を除く、その余の全部を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告がその代表役員である太田法龍(以下「法龍」という。)に平成元年九月に三二〇〇万円、平成三年六月に一〇〇〇万円の給与等を支給したとして、被告が原告に対して右支給にかかる給与所得につき源泉所得税の納税告知及び重加算税の賦課決定をしたところ、原告は法龍に被告主張の給与等を支給していないとして、右各処分の取消を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実)

1  原告は、宗教法人であるが、大阪市東住吉区針中野二丁目一二番九号を源泉所得税の納税地として源泉所得税の納付を行っている源泉徴収義務者であり、法龍はその代表役員である。なお法龍は、平成四年二月一八日、名を「太田實」から「太田法龍」に変更した。

2(一)  平成元年九月二七日、三和銀行針中野支店の原告名義の普通預金口座から一九〇〇万円が出金され、同行において銀行振出の小切手が組まれ、同月二八日、右小切手と現金一〇〇万円を合わせた二〇〇〇万円が信用組合関西興銀(旧商号信用組合大阪興銀、以下「関西興銀」という。)豊中支店において、法龍名義の定期預金として預け入れられた。

(二)  平成元年九月二七日、住友銀行駒川町支店の原告名義の普通預金口座から一二〇〇万円が出金され、同行において銀行振出の小切手が組まれ、同月二八日、関西興銀豊中支店において、法龍名義の定期預金として預け入れられた。

(三)  平成三年六月二八日、三和銀行針中野支店の原告名義の預金口座から一〇〇〇万円が出金され、関西興銀豊中支店において、法龍名義の普通預金口座に預け入れられた。右一〇〇〇万円は、同年七月四日に引き出され、同日、同支店の法龍名義の定期預金に預け換えられた(以下右(一)ないし(三)の銀行取引を「本件預金取引」という。)。

3  原告は、本件預金取引について、源泉徴収税額の計算を行わず、法定納期限までに源泉所得税の納付を行っていなかったところ、被告は、右預金取引は原告から法龍に対する給与等の支給に当たるとして、平成五年四月一五日付で、原告の平成元年九月分及び平成三年一月から六月までの分の給与所得の源泉所得税について別紙の告知処分等欄記載のとおり納税告知及び重加算税の賦課決定をした、その後の課税経緯は別紙課税の経緯記載のとおりである。

二  原告の主張

原告が、法龍に対して、被告主張の給与等を支給したことはない。本件預金取引は、いずれも、法龍の妻であった太田扶美(以下「扶美」という。)が、自らの利益を図るため、原告の預金を、責任役員会の決議を経ることなく、また法龍にも無断で引き出し、これを形式上法龍名義の口座に預金したにすぎないものであって、法龍自身右預金から何らの利益を得ていないのである。そうであれば、本件預金取引は、宗教法人法一九条に違反する無効な取引であり、仮に有効と評価されることがあるとしても法龍は何らの利益を得ていないのであるから、いずれにしても法龍は原告から給与等の支給を受けたとはいえず、原告には源泉徴収義務はない。したがって、被告のした前記納税告知処分及び重加算税の賦課決定は違法であり、取り消されるべきである。

三  被告の主張

本件預金取引は原告の意思に基づく有効な行為であるから、被告のした前記納税告知処分等のうち裁決において取り消された部分を除く部分(以下「本件処分」という。)は適法である。

四  主たる争点

本件預金取引は、原告から法龍に対する給与等の支給に当たるか。

第三当裁判所の判断

一  本件預金取引の性質

1  乙一〇、一一、一二の一ないし三、一三、一四の一、二、二五(ただし、一〇、一一、一二の二、一四の一の成立についての判断はしばらく置く。)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一) 平成元年一二月一四日付で、法龍名義(ただし、当時は太田實名義。以下同じ)で株式会社南海不動産との間で、次の契約が締結された。

(1) 法龍が南海不動産から大阪市河内長野市美加の台二丁目九四番一六七宅地二〇九・四二平方メートルを代金一億二六〇〇万円で買い受ける旨の売買契約(乙一〇)

(2) 法龍が南海不動産に対し、右の土地上に居宅の建築を代金一六〇〇万円で請け負わせる工事請負契約(乙一一)

(二) 平成二年二月一日、法龍名義で関西興銀に対し、資金使用使途を収益物件購入資金として一億四〇〇〇万円の融資が申し込まれ(乙一二の二)、同月九日、同額の融資がなされた(以下「本件融資」という。)。右の融資に際し、本件預金取引(一)、(二)で法龍名義に移された合計三二〇〇万円の定期預金が担保に差し入れられた。

(三) 前記の土地については、平成二年二月一三日付で法龍名義の所有権移転登記が経由され、また、前記の請負契約に基づいて建築された居宅についても、同年九月二〇日付で法龍名義の所有権保存登記がなされた。そして、右の各登記の日時頃、右の土地建物(以下「本件土地建物」という。)について、関西興銀のため、極度額を一億五〇〇〇万円とする根抵当権設定登記がなされた。

(四) 本件預金取引(三)で法龍名義の定期預金に移された一〇〇〇万円は、平成三年八月九日に払い戻され(乙一四の一)、本件融資の返済に充てられた。

以上の事実によれば、本件預金取引によって原告の預金口座から法龍の預金口座に移された前記四二〇〇万円は、本件土地建物を取得するために使用されたことが明白である。

2  ところで、前掲の乙一〇(土地売買契約書)、一一(工事請負契約書)、一二の二(融資申込書)、一四の一(定期預金払戻請求書)には、それぞれ法龍の署名捺印が存在するところ、原告代表者法龍は陳述書(甲二)及び代表者尋問中で「自分は本件建物の購入のことには関与しておらず、右の各書面の法龍名義の署名捺印も自分がしたものではない」と供述している。しかし、法龍自身、他方で、乙一二の二の融資申込書の申込人欄の署名及び住所の記載については、自分の筆跡で酷似していることを認める趣旨の供述もしているのであり、これに乙一九、二〇の金銭消費貸借契約証書及び本件における法龍の宣誓書中の各署名部分を合わせ対照すると、右書面中の法龍の署名は、同人の自署によるものと認めることができる。

そうすると、法龍は、本件融資申込自体を認識していたものというべきであり、このことと右各書面中の法龍名下の印影が同人の印章によるものであること(このことは法龍自身自認している。)を併せ考えると、乙一二の二以外の前掲各書証も法龍の意思に基づいて真正に成立したものと認めることができ、前掲の法龍の供述は到底信用することができない。なお、法龍は、二、三通の書類に署名させられたことはあるが、その内容は不明であるなどとも陳弁するけれども、その供述内容は不自然であり、信用することはできない。

3  右に認定したところによると、前記1で認定した本件土地建物の取得、本件融資申込及び融資金の一部弁済等の一連の行為は、その名義人である法龍自身の意思に基づくものであったということができ、したがってまた、これと密接に関連する本件預金取引も、原告代表者である法龍の意思に基づくものと推認することができる。

そうすると、原告は法龍に対し、本件預金取引により、個人資産たる本件土地建物の取得資金として合計四二〇〇万円を支給したものというべきであるから、右は臨時的な給与として、所得税法二八条一項にいう賞与に該当するものと認められる。

二  ところで、原告の右支給は、いずれも原告の責任役員会の決議を経ていないものであるが(原告代表者)、課税は所得自体に着眼し、そこに担税力を認めてなされるものであるから、その原因が私法上有効か否かを問わず、利得が現実に利得者に帰属している以上、法律上無効な行為による所得であっても、なお課税の対象となるというべきである。また源泉徴収による国税は、本来納税義務者でないそれ以外の第三者に租税を徴収させて国税を納付させる方式で租税を徴収する国税であり、この第三者(源泉徴収義務者)の徴収義務は、所得の支払の時に自動的に成立し、成立と同時に納付すべき税額が確定するのである。しかし他方、所得の受給者が最終的な所得税の負担者であるから、源泉徴収における担税力もなお所得の受給者についてみざるを得ない。そうであれば、本件においては法龍の担税力が問題になるところ、法龍は原告からの四二〇〇万円の支給より、本件土地建物を取得するという利得を得ているのであるから、なお課税の対象となるというべきであり。原告の主張は理由がない。

三  原告は、右のように、源泉徴収義務の対象となる合計四二〇〇万円の支給をしながら、これを宗教法人法二五条の規定に基づき財産目録を作成するための決算報告書に記載せず、また原告が作成している法龍の平成元年分および同三年六月分の給与所得に対する所得税源泉徴収簿に記載せず(争いのない事実)、源泉所得税を納付しなかったのであるから、国税通則法六八条三項に該当するものといえる。

四  以上のとおりであるから、本件処分に原告主張の違法事由は存在せず。本件処分は適法である。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 遠山廣直 裁判官 山本正道)

別紙

課税の経緯

〈省略〉

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